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『ドラミア』で見てきたソンヨンの家は、「トンイ」のこっちだったんだよね

  これからの記事は、過去記事の訂正になってしまいます。
と言ったって、もうその記事は先週の放送を見た直後に削除してしまいましたが。
間違った記事をそのままにしてたんじゃ眉間に…いえ、股間に…、いえいえ沽券に関わりますから…ってわざとらしく間違えておきました(笑)

  昨年の九月に、「ドラミアで見たソンヨンとテスの家、その畑の謎がトンイで解明」とかなんとかいう記事を書きました。
けっして記事そのものは間違ってはいないんですよ、確かに「トンイ」で解明されたんですから。
ただ違っていたのは、その時に書いた仁顕(イニョン)王妃が、宮殿を追放されて住んでいた民家の姿じゃなかったってことです。

  あの時に、仁顕王妃が庭の畑仕事をしてましたからね、ついつい自分が見てきたソンヨンとテスの家の姿はこれだったんだって思い込んでしまいました。
ところが、考えてみればあんな頃はドラマの中盤なんですよ、ドラマが終了した間際に自分たちが見てきた姿だと考えたのが単純で浅はかでしたよねえ。


  初めてこの話題に接する皆さんは「なんのこと?」とお思いでしょうから簡単に説明しますと、
自分は一昨年の9月30日に「ドラミアツアー」に参加して、ガイドさんが教えてくれた『ソンヨンとテスの家』として使われていた民家のセットも見てきたのです。
でも、その『ソンヨンとテスの家』なるセットには、庭に見たことのない小さな畑が存在してまして、とっても違和感がありありで、自分なんかは「本当にここがそう?間違ってない?」なんていう疑問を抱いてしまったんです。
  そうしたら昨年の9月です、その同じセットが仁顕王妃の追放先の住居として登場し、しかも王妃さんが畑仕事をしていたから、てっきりこの王妃さんが住んでいたままのセットを、自分たちが見てきたんだと思い込んで記事にしたというわけです。

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  だけど、実際には王妃様の後で、ここを住居にしてみえた方がいたんですよ。
ここまで書きゃあ最近の「トンイ」を見ている方はお分かりですよね、しかも自分が先週の放送で確信したんですから、そうそう、王妃の後にはこの人がここに住んでいたんです。

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  雲鶴(ウナク)ことキム・グソン、トンイの息子のクムこと延礽君(ヨニングン)の先生になるお人ですね。
イ・ビョンフン作品では皆勤賞のメン・サンフンさんがその主だったようです。

  そんなことはいいとして、先週の放送で、この雲鶴(ウナク)の家で肅宗(スクチョン)が庭の畑を耕して(?)と言うより、いじくってましたが、その畑こそが自分がドラミアの『ソンヨンとテスの家』なるセットで目にした畑そのものだったんですよ。

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  つまり、おいらが見てきた『ソンヨンとテスの家』なるセットは、この雲鶴(ウナク)が住んでいたままのセットを見てきていたということだったようです。

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  ソンヨンやテスが引き払った民家に、仁顕王妃が追放されて隠れ住み、そして空き家になったら今度は雲鶴(ウナク)先生が住み着いて、トンイやクムや肅宗(スクチョン)が訪れていたというわけでした[わーい(嬉しい顔)]

  仁顕王妃さんには申し訳ないですが、先週の放送で肅宗が畑いじりをしてるのを見たら、〝チ・ジニが実際にいじくっていた畑〟ということで、「なんで畑があるの?」というわけのわからない畑が、急にありがたい存在の畑に格上げになってしまいました(笑)

  それにしても同じ民家のセットが、そのドラマごとに、しかもその住人ごとに映す角度を変えれば、まるっきり違う民家にしか見えないんですから、やっぱり映像の世界はマジックそのものだという実感がします。
同じセットとは言っても、これだけの建物がありますから、どこをメインで映すかで大きく変わってしまうわけです。

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  別に今更どうでもいいことで、単に同じセットが使われていただけの話なんですが、以前に読んでいた方に「違うじゃんかよー」って思われるのが癪なので(笑)、訂正記事のようなものを挟ませていただきました<(_ _)> 

で、懐かしい「ソンヨンとテスの家」
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