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今更ですが、「チャングム」のあの橋が「イ・サン」にも登場していた話

  昨年の12月で閉鎖になってしまった「チャングムテーマパーク」、施設の一部は『ドラミア』に移築されるということでしたが、その後はどうなっているんでしょうね(?)

  これも懐かしい話になってしまいますが、「イ・サン」の初めの頃に、子役たちが走り回っていたシーンで、なんか「チャングムテーマパーク」が使われていたような気がする、そんな思いがあったものです。
それから確認することもなく済んでしまいましたが、本当に今更です、今更こんな記事を書いたって「チャングムテーマパーク」が見られるわけではないのですが、できれば『ドラミア』に復活してくれたらいいのに…と思うのが、「チャングムテーマパーク」にあった橋です。

  ドラマ「宮廷女官 チャングムの誓い」、何度も放送されましたから、殆どの皆さんにはお馴染みのドラマだと思います。
その終盤に、チャングムが王様の健康のために裸足にして歩かせた橋のシーンがありました。
実際に目にしたら、本当に短い橋のセットにすぎないのですが、ガイドさんの話を聞いて「なるほどー」と頷いたものです。
  「短い橋のセットの全体を映すのではなく、端が見切れた状態で撮影して、いかにも長い橋であるように見せていたんですよ」、これを聞いて映像マジックの原点を目にしたような思いでした。

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  そんな記憶に残る橋でしたから、「チャングムテーマパーク」のどのセットよりも深く記憶の中に刻まれてしまっていたようです。

  前2ページの話題のように、ちょっとドラマ「イ・サン」を見直していました。
そうしたら、回想シーンで子供の頃の場面が流れたんです、そうして、今更ながらに思い出したのが、
   「そうか、このシーンを目にしていたから、イ・サンがチャングムと繋がっていたんだ」
      そんな場面に出くわしました。

  少年のイ・サンが、ソンヨンとテスに初めて出会い、宮殿の中をあっこっち隠れて移動してました。
その中に〝橋のシーン〟があったのを憶えてますか?

  サンが手を差し伸べてソンヨンを引き上げるシーン、それを見た子供のテスがちょっとがっかりしたようなシーンです。

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  「アレッ? この橋って…」
   そう思って「チャングムの誓い」のDVDを引っ張り出してみてみました。

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  そうだったんですよ、あの橋が、「チャングムテーマパーク」の例の橋だったんです、だからその印象が残っていて、あの子供のシーンには「チャングムテーマパーク」が多く使われていたような…そんな気がしていたようです。
「チャングムテーマパーク」は何も「チャングムの誓い」だけではなく、こうして「イ・サン」の印象的なシーンでもちゃんと活躍していたんですねえ。

  今更こんな記事を書いたって、「イ・サン」のシーンの撮影場所として目にすることはできないのですが、「イ・サン」でも端を見切れた状態で映して長い橋に見せていた、いわば〝伝説の橋〟として『ドラミア』に復活してもらいたい、そんな望みを抱いている自分なんです。


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『ドラミア』で見てきたソンヨンの家は、「トンイ」のこっちだったんだよね

  これからの記事は、過去記事の訂正になってしまいます。
と言ったって、もうその記事は先週の放送を見た直後に削除してしまいましたが。
間違った記事をそのままにしてたんじゃ眉間に…いえ、股間に…、いえいえ沽券に関わりますから…ってわざとらしく間違えておきました(笑)

  昨年の九月に、「ドラミアで見たソンヨンとテスの家、その畑の謎がトンイで解明」とかなんとかいう記事を書きました。
けっして記事そのものは間違ってはいないんですよ、確かに「トンイ」で解明されたんですから。
ただ違っていたのは、その時に書いた仁顕(イニョン)王妃が、宮殿を追放されて住んでいた民家の姿じゃなかったってことです。

  あの時に、仁顕王妃が庭の畑仕事をしてましたからね、ついつい自分が見てきたソンヨンとテスの家の姿はこれだったんだって思い込んでしまいました。
ところが、考えてみればあんな頃はドラマの中盤なんですよ、ドラマが終了した間際に自分たちが見てきた姿だと考えたのが単純で浅はかでしたよねえ。


  初めてこの話題に接する皆さんは「なんのこと?」とお思いでしょうから簡単に説明しますと、
自分は一昨年の9月30日に「ドラミアツアー」に参加して、ガイドさんが教えてくれた『ソンヨンとテスの家』として使われていた民家のセットも見てきたのです。
でも、その『ソンヨンとテスの家』なるセットには、庭に見たことのない小さな畑が存在してまして、とっても違和感がありありで、自分なんかは「本当にここがそう?間違ってない?」なんていう疑問を抱いてしまったんです。
  そうしたら昨年の9月です、その同じセットが仁顕王妃の追放先の住居として登場し、しかも王妃さんが畑仕事をしていたから、てっきりこの王妃さんが住んでいたままのセットを、自分たちが見てきたんだと思い込んで記事にしたというわけです。

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  だけど、実際には王妃様の後で、ここを住居にしてみえた方がいたんですよ。
ここまで書きゃあ最近の「トンイ」を見ている方はお分かりですよね、しかも自分が先週の放送で確信したんですから、そうそう、王妃の後にはこの人がここに住んでいたんです。

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  雲鶴(ウナク)ことキム・グソン、トンイの息子のクムこと延礽君(ヨニングン)の先生になるお人ですね。
イ・ビョンフン作品では皆勤賞のメン・サンフンさんがその主だったようです。

  そんなことはいいとして、先週の放送で、この雲鶴(ウナク)の家で肅宗(スクチョン)が庭の畑を耕して(?)と言うより、いじくってましたが、その畑こそが自分がドラミアの『ソンヨンとテスの家』なるセットで目にした畑そのものだったんですよ。

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  つまり、おいらが見てきた『ソンヨンとテスの家』なるセットは、この雲鶴(ウナク)が住んでいたままのセットを見てきていたということだったようです。

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  ソンヨンやテスが引き払った民家に、仁顕王妃が追放されて隠れ住み、そして空き家になったら今度は雲鶴(ウナク)先生が住み着いて、トンイやクムや肅宗(スクチョン)が訪れていたというわけでした[わーい(嬉しい顔)]

  仁顕王妃さんには申し訳ないですが、先週の放送で肅宗が畑いじりをしてるのを見たら、〝チ・ジニが実際にいじくっていた畑〟ということで、「なんで畑があるの?」というわけのわからない畑が、急にありがたい存在の畑に格上げになってしまいました(笑)

  それにしても同じ民家のセットが、そのドラマごとに、しかもその住人ごとに映す角度を変えれば、まるっきり違う民家にしか見えないんですから、やっぱり映像の世界はマジックそのものだという実感がします。
同じセットとは言っても、これだけの建物がありますから、どこをメインで映すかで大きく変わってしまうわけです。

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  別に今更どうでもいいことで、単に同じセットが使われていただけの話なんですが、以前に読んでいた方に「違うじゃんかよー」って思われるのが癪なので(笑)、訂正記事のようなものを挟ませていただきました<(_ _)> 

で、懐かしい「ソンヨンとテスの家」
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【韓ドラ雑記】 うまく繋がるよね、「トンイ」と「イ・サン」~トンイが救ったソンヨンと息子のヒャン

  たまたま別のことで過去の「イ・サン」を少しばかり見直す機会がありました。
過去とは言っても、自分の中では過去のドラマなのですが、NHKのデジタルでは現在進行形のドラマですから、始めて視聴されている方も多くみえて、改めてファンになった方もみえるかと思います。
それを裏付けるのが、我がこのブログです、もう1年も前に書いた「ソンヨンの墓」なんていう記事へのアクセスが途切れないのですから。

  ちょうど日曜の夜の放送では、お爺ちゃん王の「英祖」が亡くなった頃をやっているようなのですが、たまたまその「英祖」が亡くなったシーンを再び見る機会がありました。

  「イ・サン」でのお爺ちゃん「英祖」が、「トンイ」の息子であるクムの晩年の姿だっていうのは、まあ今更とりあげて書く必要もないくらいの周知のことです。
ドラマの順番としては逆になっていたらより解り易かったんでしょうが、たまたま逆になっていて、「イ・サン」が2007-8年のドラマで、「トンイ」が2010年に放送のドラマということになってしまい、「トンイ」の息子がお爺ちゃんになってしまった頃からを見ることになってしまいました。
ですから、「イ・サン」を見ている頃には別段気にすることもなく見過ごしていたシーンも、「トンイ」を見ながら改めて「イ・サン」を見ると、『これってトンイのことだよ』なんていうシーンにも遭遇することになります。

  「イ・サン」で、英祖が最期を迎えるシーンがそれです。
思悼世子(サドセジャ)の肖像画を描いてくれたソンヨンに、英祖がこれからもサンの力になってやってくれと、指輪を贈りますが、それが母親である「淑嬪崔氏(スッピンチェシ)」の形見である指輪でした。
言うまでもなく、英祖の母親である「淑嬪崔氏」というのが「トンイ」のことですから、〝トンイの形見〟ということになるわけです。

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  この「トンイの形見の指輪」が後の72話だかで、このソンヨンとソンヨンの息子のヒャンを救うことになりましたよね。
身分の低いソンヨンの息子を世子にするなんてとんでもないという、重臣達の反対を押しのけて世子に冊封できたのがこの指輪のおかげでした。
英祖が大事な母の形見を贈って認めていたソンヨン、そしてそのソンヨンの子を認めなければ、先王の意思をないがしろにすることになるわけですから。

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  この「イ・サン」の放送中に、「トンイ」の構想があったのかどうかなんて知りませんが、うまく繋がってくるわけですよ。
ムスリという奴婢の身分だったトンイの指輪が、後のひ孫の側室となった同じく身分の低いソンヨンとその息子を救う、言ってみればトンイ自身と英祖の関係そのものです、低い身分の女とその息子という点で。

  身分の低いトンイと、その身分の低い母から生まれた息子のクム(後の英祖)が、後に同じ身分の低いソンヨンとその息子のヒャンを救うことになったなんて、両方のドラマを見ていたからこそ投影される繋がり、あまりにうまくできすぎですよ、イ・ビョンフンさん!(笑)
まさか二年後に放送されるドラマと意図して繋げたなんてことはないんでしょうが、身分の低い女性とその息子という構図は「イ・サン」の中であったのかもしれません、それが後のドラマ「トンイ」の人間性や構図にぴったりはまっちゃったよ、ってことなんだろうな[わーい(嬉しい顔)]

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