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ドラマ「トンイ」、王室の皆さんのお墓もついでに紹介しておきます

  以前に、チャン・ヒジェなど張禧嬪(チャンヒビン)の家族の墓が10年ほど前に見つかったと紹介しました。
その時に、「トンイ」以外は高陽(コヤン)市にある「西五陵(ソオルン)」にまとまってますよってことも書いたのですが、紹介はしていませんでした。
トンイの墓のことを前ページで書いたついでに、主だった皆様のお墓も紹介しておくことにします。

  それにしてもこの朝鮮王朝の墓って不思議なまとまり方をしてますよね。
ドラマ「トンイ」の中では、主役のトンイと世子である後の景宗以外は「西五陵」にまとまっていて、景宗だけは別にあるっていうのもなんやら仲間はずれにしているみたいで変じゃないですか?
トンイは仕方がないです、正室ではない国王の生母という、ちょっと複雑な立場ですから、だけど景宗は粛宗 の息子で、英祖の兄なんです、一緒の場所だっていいと思うんですよ。
実際は英祖も別の場所になってしまいましたけど、元々はここへくるはずだったわけですからね。
こんな墓にも政治の世界の思惑ってやつがあるんでしょうかねえ(?)

  そして、その「西五陵」にはあの張禧嬪(チャンヒビン)の墓も移されて一緒にあるっていうじゃないですか。
ここに移そうと考えた皆さん、自分からしてみたらちょっと変です!
粛宗 のそばにわざわざ移して、死んでからも未練たらしくさせなくっても…。
粛宗 と並んで葬られている仁顯王后にとったら仇みたいな女の墓がまた近くにやってきちゃったよ、ってことだし、一方の張禧嬪にしてみたら、粛宗 と仲良く並んで眠る仁顯王后の側で一人寂しくって感じで、死んでから仕返しをされてるみたいだし、自分だったらどうせ移すのなら息子の景宗がいる「懿陵(ウィルン)」に移してあげますけどね。

  とかなんとか、どうでもいいことを書きましたが、ではその皆さんのお墓をまとめて並べ立てておきます。


ではまず、「西五陵」にある「明陵」には、粛宗と1番目の継妃・仁顯王后、2番目の継妃・ 仁元王后が眠っています。
粛宗と仁顯王后はやっと死んでから寄り添うような双墓になっています。
(同伊)~1.JPG(同伊)~2.JPG
明陵1.jpg明陵2.jpg明陵3.jpg明陵4.jpg

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同じく「西五陵」の「弘陵」には、クムこと後の英祖とその妃・貞聖王后の墓になるはずが、横は空いたままで英祖が隣にくることはなかったといういわくの墓があります。
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    本当はこちらが英祖の墓になるはずだった「西五陵」の「弘陵」
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で、結局のところ「イ・サン」こと正祖が、あのドラマの大妃である貞純王后に気を遣って別の場所に葬ったのが、「東九陵(トングルン)」の「元陵」で、英祖と貞純王后の実際の墓となっています。
ですから、クム君こと後の英祖は、心は「西五陵」の先妻の隣、体は「東九陵」の後妻の隣ということで、両方とも載せておくことにしました。
   実際に葬られた「東九陵」の「元陵」
        tomb21_wonreung.jpg


そして、「西五陵」にはなぜだかわざわざ移された、張禧嬪(チャンヒビン)の墓「大嬪墓 」があります。
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張禧嬪の息子、ドラマの世子である後の景宗夫妻は、ソウルにある「懿陵(ウィルン)」で眠っています。
このお墓も双墓ですが、横並びではなく縦並びという形になっていまして、風水の関係でそうなっているそうです。
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  以上がドラマ「トンイ」に関係のある王室の皆様方のお墓でした。
この世ではいろいろありましたが、みなさん安らかにお眠りくださいってことで、
     まとめて……合掌

  西五陵(ソオルン)  http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TE/TE_JA_7_1_1.jsp?cid=786709
  東九陵(トングルン) http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TE/TE_JA_7_1_1.jsp?cid=281790
  懿陵(ウィルン)  http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TE/TE_JA_7_1_1.jsp?cid=787552    

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