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「花郎(ファラン)の道」だよ! 「キム・スロ」だよ! 『チャクペ』にはいろんな世界がてんこ盛り①

  朝の早くから放送されている「チャクペ -相棒-」、今日からとうとう大人になっての展開へと変わりました。
  「またいつか必ず会おう」って別れて少年時代が終了、今度はどんな再会をするんだろう(?)ってワクワクしてたら、ずっと交流を続けてんじゃん、しかもチョンドゥンが、本当の父親であるギドンの父親のお気に入りになってるし、金持ちの行首(ヘンス)に大変身を遂げとりますし。
ちょっと肩透かしをくらった感じですが、まあ主役が力を持ち、みんなの信頼を集める人物になってるってことは、暗いジメジメのドラマではないってことで、なんとなく痛快な展開になってくれそう…ってな期待をしてしまいます。

  ドラマの展開はこれからじっくり見ていけば、自ずと分かることですから話題の外に置いといて、それよりも何よりも、今日の大人になってからの背景の凄いこと、少しずつのシーンでどれだけ移動しとるんじゃって感じでした。

  その大人になってからの最初のシーン、迫力いっぱいの訓練のシーンから始まりましたが、
   「これって、衣装が新羅時代のものから朝鮮時代のものに変わってるだけで、〝花郎(ファラン)の道〟だよね」
  そう思わせるようなシーンでした。
  だって、繰り広げられている場所が「新羅ミレニアムパーク」、そして公演「花郎の道」が演じられる会場が舞台になっていたんですから、観客席の天井までそのままの状態。
  でも、我々観客からでは見られない場所からの撮影がされてますから、
    「あっちから見るとこんな風に見えるんだぁー」と、とっても新鮮な風景に見えていました。
     http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TE/TE_JA_7_5.jsp?cid=280509
     http://busannavi.jp/18385

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  ところで、この「チャクペ」というドラマ、感心して見ていることがあるんですよね。
それは、カメラワークのよさというか、同じシーンの同じ場所なのに、カメラ映像の切り替えが素早い!
同じ場所を撮影しているのに、あっちからこっちからのカメラ映像がパッパッと切り替えられるから感心してしまう。
それがいいテンポの切り替えで、ともすれば見ている側が疲れを伴いかねないのに、そんなことはなく迫力すら感じてしまうんだから、本当にいい仕事してます、って表現がちょい古ですが(笑)


  ちょっと話がそれましたから戻します。
次にチョンドゥンが船で戻ってきた港、今度はなんとまあ、伽耶国の「鉄の王キム・スロ」の海側でよく登場した世界です。
以前にこのブログでも、海側のセットは無料開放されたというような話題で紹介した『馬山海洋ドラマセット場』の風景です。
  過去記事     http://dora-love-b.blog.so-net.ne.jp/2011-05-11
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  新羅の花郎の世界から、次は伽耶のキム・スロの世界です、時代背景の違う設定の場所をうまく利用してますよねえ!
ここまで見ていただけでも
  「このドラマ凄え!知っているセットのオンパレードだよ!」と、ワクワク気分にさせられたんですが、たった1時間、正味45分という放映時間に次々と出てくる知っている場所に、自分にとっては今日の放送時間はあまりに短かすぎました[わーい(嬉しい顔)]
  次のページでは、韓国の時代劇には欠かせない場所の登場シーンです。

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「聞慶セジェ」の『鳥嶺院址』の小屋って、史跡じゃなくて「太祖王建のセット」とちゃうけ?

  このブログじゃあお馴染みの「聞慶セジェ道立公園」
今じゃ「聞慶KBS撮影所」の方が、日本人の我々にはよく知られる存在になってきてはいますが、風光明媚でいつ訪れてもいいところです。

  なかなか訪れたという方は少ないかもしれませんが、あの道立公園の散策路に「鳥嶺院」という史跡があります。
昔の宿泊施設のような役目をしていた場所で、かなり前にもこのブログでの訪問記で触れてますし、ドラマ「済衆院(チェジュンウォン)で種痘の実験場所になり、ドヤンが占い師の集団と大立ち回りをした場所としても紹介しています。
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  この「鳥嶺院址」、観光公社の解説には『現在は当時の石垣だけが残っている』とだけ書かれています。
聞慶市の観光サイトにいたっては、『その場所とされる敷地だけが残されている』などと書かれています。
  ところが実際に訪れてみると、今にも壊れそうな掘っ立て小屋が存在している。
そして、自分にしろ他の方の画像を見ても、その小屋を必ずと言っていいほど被写体にした画像が、この「鳥嶺院址」として紹介されている。
しかも、肝心の石垣よりもこの建物の方に興味を示す人の方が圧倒的に多い。

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  自分は前々から不思議でなりませんでした。
もし当時の建物を復元したものが、古くはなりながらも残されているのなら、その説明に、『当時の資料を元に復元した、建物の一部だけを見ることができる』とか、そんな記述があってもいいはずじゃないか…と。
しかもです、当初はこの「院」とされるものは、出張官吏のために築かれたもので、早い話がお役人の旅の難儀を少なくするために置かれたものです、それがあんなあばら家なんておかしくないかい???

  さて、いつもながらに物好きな自分ですから、この「鳥嶺院址」の画像をずっと見てみました(笑)
そうすると、2006年や2007年の画像には、今の小屋だけでなくもっと多くの建物の存在を示す画像が見られる。
その代表的な画像がこれです。
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1974 鳥嶺院 (3).jpg1974 鳥嶺院 (4).jpg  

  上の画像を見ていただいたところで、話をドラマ「太祖王建(テジョワンゴン)」へと移したいと思います。
この史跡である「鳥嶺院址」が、ドラマの舞台となって初めの頃に登場していました。
後高句麗を建国したクンイェが、初めて自分の家臣や民をクーデーターによって得たという、クンイェの記念すべき第一歩の地となっていましたが、元々はキフォンという盗賊まがいの豪族の居城ということでした。

  そのドラマ「太祖王建」に出てくる史跡であるはずの「鳥嶺院址」が、まるで撮影所のセットのようになってます。
〝石垣だけが残る〟という史跡ではない姿です、ドラマのためとはいえども、過去の史跡である敷地を、まるで撮影所のようにして使わせてしまう韓国って、やっぱり日本人の感覚とはちょいと違うようです。
なんにしても、数年前までここで見られた建物の風景は、まるっきり「太祖王建」のセットの姿をしています。

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  そして、すぐ上や下に貼ったシーン画像の後ろに映っている小屋、これって今もある小屋ですよねえ?今は壊れそうにはなってますが(笑)
過去にはこのドラマのセットの如くあった建物が、現在は全て消えてしまっていて、唯一残されているという感じに見えます。
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  韓国の方のここ「鳥嶺院址」の画像に、あの壊れそうな建物を写して、「復元された建物がひとつだけ残されている」などと紹介している方もみえますけどね、自分は絶対に信じちゃいません!
こうしてまるで史跡の一部のような大きな顔をして存在してたら、確かに韓国の人でさえ「鳥嶺院址」のなんらかの建物に見えても仕方がないことですけど、建物の説明のボードひとつ無いんだから…。
だから自分は、「鳥嶺院址」の敷地内の小屋は、『絶対にドラマ太祖王建で使ったものの残骸だ』と信じているのです。
だから自由に中にも入れるし、「済衆院」なんかでも自由に中を使って撮影ができるんだと、そう思うんですよねえー!
しかも画像ごとの姿にムラがある、あれって最近の「済衆院」の撮影のように、何かの撮影ごとで修復されているって踏んでるんだよね、さてさて真相はいかに? あなたはどう思いますか?

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もうひとつあった(?) チャクペ(相棒)誕生の地は世界遺産の「良洞村」

  実は、おとといの「チャクペ」誕生の撮影地紹介、これの訂正文を書かなきゃならなくなるかと、ちょっと冷や汗ものでした。
というのも、この対決や相棒誕生のシーンの撮影地を、「韓国MBC」関係のサイトでは、あの世界遺産にもなった慶州の「良洞村(ヤンドンマウル)」だって書いているのを見つけてしまったんですよ。
関連サイトで嘘を書くわけがないってわけで、
  自分は間違った記事を書いてしまった? 「ゲゲゲーッ!赤っ恥だよ、どないしょう…」というわけです。

  そこで、焼肉屋さんの帰りに、例の対決シーンを目撃したという方のサイトを、改めて探して見てみた、名誉のためなら多少の手間は惜しみません(笑)
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  上の4枚がそれなんですが、間違いなく「チャクペ」の対決シーンの撮影中を、カメラにおさめたものだ、焼肉屋さんの電話番号も「栄州市順興」のものだし、まさか栄州の順興面から慶州の「良洞村」が帰り道になるわけもない。

  ところで、この「チャクペ」のそのシーンを見ていた時に、栄州の「ソンビ村」だと書いてしまっていいのか?って少し迷ったシーンがあります。
一番最初の二人で一人を攻撃するシーン、そして “相棒”が誕生して肩を組むシーン、どうも風景が繋がっていない気がするんだけど…そんな風に感じたからです。

  特に、最後の“相棒誕生”のシーンは「ソンビ村」にしては、ちょっと小高い丘の上に屋敷があって、それを見下ろすような風景…はそぐわない…そんな気がしたのです。
実際に「ソンビ村」を訪れたことはありませんが、画像で見る「ソンビ村」は、山の上から見下ろすような屋敷があるようには見えない、平地に広がっている記憶しかなかったわけです。
ソンビ村
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  「これって同じ場所じゃなくって移動してないか?」
そんな疑念を抱きながも、何ヶ所かで撮影をしている確証もないしってことで、「ソンビ村」が撮影地の記事を書いたという次第です。

  でも「良洞村」での撮影シーンが挟まれているとなると、ちょっと納得なんですよね。
なぜなら、「良洞村」は、ちょっと小高い丘から見下ろすような地形の場所が多いんですよ。
良洞村
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  でもこれで、あのシーンを見ながら抱いた疑念が晴れるような気もしないではありません。
  片方の韓国の個人のブログは、確かに栄州市の「ソンビ村」で撮影しているところを目撃したのをブログに書いた。
  そしてもう一方の「韓国MBC」関係のサイトでは、慶州の「良洞村」だと書いている。
結局は、その両方ともが、あの「チャクペ」 -相棒-の誕生シーンの撮影地で正解だっていうことなんでしょう[わーい(嬉しい顔)]

  こうして見ると、自分の目の確かさには自画自賛したくなりますよねえ、「よくぞ、ひとつの流れのシーンの中で違和感を感じてとってくれたって」(笑) 実際に自分が感じたシーンが正しいのかってのは不明ですが、まあその辺は深く追求しないでください[ふらふら]、せっかく自己満足の世界に浸っているんですから(笑)

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  そんなこんなで、あの「チャクペ -相棒-」のタイトルどおりの重要なシーンは、栄州の「ソンビ村」、そして世界遺産の「良洞村」の2ヶ所として、改めてご紹介させていただきます。
  自分の結論としては、あの雪が降る二人だけの対決シーンは「ソンビ村」
        http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TE/TE_JA_7_1_1.jsp?cid=807542
        http://japan.yeongju.go.kr/pages/sub.jsp?menuIdx=82
  
  肩を組み合って〝相棒〟がまさに誕生したシーンは「良洞村」ということにしときます。
まあ細かなことは違っていても、この二ヶ所があのシーンの撮影地だってのは間違いがないことですから[手(チョキ)] またほかにも出てきたら?もう書きませーん、もう少年時代の場面も終わりますしね。
        http://www.tabijin.com/yangdong_f_vill.html
        http://www.pusannavi.com/miru/1275/ 

  





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「チャクペ -相棒-」が撮影された竹林は、潭陽(タミャン)のどこよ??

  さらに引き続き、ドラマ「チャクペ -相棒-」の話題にいきたいと思います。
こちらは毎朝の放送ですから、どんどん話が進んでいってしまいますので、早めに早めにおさえておきたいと思います。

  自分が子供の頃に、家の前には竹林、ちゃいますね、あれは竹林とは呼べません、竹薮(笑)がありまして、子供の頃はよくその中に入って遊んだものです。
春には竹の子が出てきて、新しい竹がどんどん伸びていくのが楽しみでした、それに、地面にはその付近にはない新しい木々が芽を出していたりする、サザンカやシュロが伸びていた時には、根元から抜いて、ちゃっかりと自分家の庭木にしてしまったり、夏には日差しがかすかに漏れる中、風が竹を揺らす音の中で、ここは自分だけの〝秘密の場所だ〟と勝手に決めていたりしたものです。
  日本の時代劇なんかでも、竹林の竹が風にざわついている風景を見ると、魂がその場に引き込まれていくような、またはデジャヴのような懐かしい感覚にとらわれることさえあります。
  それくらいに、意識しなくても心を奪われてしまうほど、自分にとって竹林のある風景は大好きな風景のひとつとなっています。
  そして、そんな見事な竹林が毎回のように登場していた「チャクペ」、当然のように自分の心の中には「あの中を歩いてみたい」という欲望が生じてきてしまいます。[ふらふら]


  ドラマ「チャクペ」に登場した竹林は、前にも少し書きましたが、韓国で竹林と言えば必ずや名前が出てくる「潭陽(タミャン)にある竹林が舞台となっています。
そしてこれまた潭陽の竹林と言ったら、ドラマ「チェオクの剣」があまりにも有名だし、「一枝梅」「夏の香り」などというドラマの題名が浮かんできます。
さらに、ペ・ヨンジュンの韓国観光公社のCMで、日本でもかなりお馴染みの場所にもなりました。
それくらいに、韓国で〝竹のある風景〟の代名詞になっている「潭陽」ですから、前々から訪れてみたいとは思っていたのですが、竹を見るために遠くまで行くというのは、やっぱり僅かな日程で韓国を訪れる自分にとっては、どうしても無理のある望みでしかありませんでした。
  ですが、一度は訪れてみたい韓国の風景ということで、いい機会なので調べてみることにしました。

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  潭陽の散策ができる竹林公園としては、代表的な場所が2ヶ所あるようです。
  そのうちのひとつが「竹緑苑(チュンノグォン )」という大きな公園で、よく「一枝梅」の撮影地、ペ・ヨンジュンの観光CMの撮影地として紹介されています。
この「竹緑苑」はバスターミナルからのアクセスも比較的に容易で、どちらかといえば一般的な観光コースだといえます。
    コネスト http://www.konest.com/contents/spot_mise_detail.html?id=4042

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  そして、もうひとつが「テナムゴルテーマ公園」というところで、こちらはキャンプ場なども完備された施設で、竹林はもちろん松林なども見事な場所なんだそうです。
そして、よく紹介されているのが、ドラマ「夏の香り」や「茶母(タモ)=チェオクの剣」の撮影地とされていることが多いようです。
    観光公社 http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TE/TE_JA_7_1_1.jsp?cid=746459

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  ですから、自分も当初は、イメージ的に「一枝梅」に近い雰囲気の「竹緑苑」が、「チャクペ -相棒-」の撮影地でもあるのでは?と思って調べてみたのです。
ところが、この「チャクペ」の竹林の記事には特定の公園の名前は見つからず、「夏の香り」や「茶母」が過去には撮影されたと紹介されている。

  だったら「テナムゴルテーマ公園」で決まりだよねー、って単純に決めてかかったのですが、そんなに甘くはなかった。
  上記の撮影地としての情報は、実に大雑把な情報で分類されていたらしい。

  「チャクペ -相棒-」のチョン・ドゥンが隠れて勉強していた、竹林の中の粗末な小屋の画像にある説明には、やはり「夏の香り」や「茶母」が撮影された場所として紹介されている。
だから「テナムゴルテーマ公園」だと確認するために、そこに書かれているハングルの住所を翻訳してみた。
   『전남 담양군 대전면 행성리 1-19 담양 대나무 숲』
そうしたら上のふたつの代表的な公園とはまるっきり違うんです、
   『全羅南道潭陽郡大田面杏城里(ヘンソンリ)1-19 潭陽竹の森』 となる。
そして電話番号が「061-382-5347」となっている。

  韓国は身近でもやっぱり外国だっていうのを実感します、情報が錯綜というよりも、有名な竹林公園でみんなまとめて括られていたんですよね。
過去に「朝鮮日報」でも記事になっていたようで、実際にこの住所の場所へ訪れるという大冒険をされた方もみえるようですので、紹介しておきます。
   http://cafe-loveletter.blog.so-net.ne.jp/2006-06-14-1
   http://chae-ohk.seesaa.net/article/14210060.html

  そんなわけで、かなり遠回りをしましたが、「チャクペ」に登場していた竹林は、潭陽にある〝第3の竹林〟が正解だったようです。
もしかしたらシーンによって、「テナムゴルテーマ公園」と併用撮影されていたという可能性もあるのかもしれません。
上の方の記事ではバスも無いようですが、撮影地として訪れたいと思ったら、現在の新しい情報を「潭陽郡」のサイトや観光公社で問い合わせてから出かけた方がよさそうです。
   潭陽郡の日本語サイト http://www.damyang.go.kr/jap/
   潭陽郡庁・観光レジャー課 061-380-3150~2
  「チャクペ」限定の撮影地にこだわらなけりゃ、「竹緑苑」で充分かな(?)とは思いますけどね、もしかしたら〝第3の竹林〟も観光地化されてたりするかも(?)しれないので、まずは問い合わせてみることですよね。

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【韓ドラ雑記】 泣けたねえー『ロードナンバーワン』、泣かしてくれたのは「チャクペ -相棒-」のチョン・ドゥン君?

最近はこのブログ、やたら長いタイトルが多すぎやしませんか、って言われそうですが、タイトルで内容の一部を理解してもらおうと思うと、どうしてもこうなってしまいます(汗・汗)[あせあせ(飛び散る汗)]

  ドラマ「ロードナンバーワン」、悲惨な朝鮮戦争を、かなりリアルな衝撃シーンで表現しているこのドラマ、韓国の視聴率にはこだわらずに自分は好きなドラマのひとつです。
今週から日曜日の20時からの放送に変わってしまって、ノーカットだから後半は「トンイ」とかぶってしまいましたが、自分はしっかり両方とも観ておりますんです。
ちょっと高慢なお嬢様女優として見ていたキム・ハヌルも、薄化粧どころか汚れ姿の体当たり演技で、ちょいとばかし見直しましてん。
今回の、死んだ兵士から僅かな食料をもぎ取りむさぼり食べ、むせれば雪を口に入れるという、生きてくための必死の演技は凄まじいものがありました。

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  NHKの開拓なんとかいうドラマもちょっと見たことがありますけどね、もうチラッとだけ見てやめました。
この「ロード…」のキム・ハヌルを見た後じゃ、あの女優陣は見られたもんじゃない。
戦中戦後の移民で苦労する女性には見えやしない、デジタル向けのメイクなのか整いすぎてて、顔だけ汚れっぽく黒く塗りゃいいってもんじゃないぜって感じ、おかげでせっかくのいいテーマのドラマも、リアリティーに欠けちゃってのめり込めやしない。

  とまあ、話はとんでもなくかけ離れた話題から始まってしまいましたが、「ロードナンバーワン」の今日のシーンは涙ぐんで観てしまいました(#^.^#)
どこも感動的なシーンが多かったんですが、中でも泣かせてくれたのがこのシーン。

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  中共軍(ドラマでは中国ではなくてこう呼びます)にいた、幼いラッパ吹きの少年を助けて可愛がっていた韓国の少年兵、その心からのやさしさに慕う中共軍の子供、でも、韓国軍が中共軍を一箇所に集めて攻撃できるように、おとりの集合ラッパを吹けと言われる。
子供を逃がそうとした韓国少年兵でしたが、子供は結局は逃げずにラッパを吹くんですよ。
それは故国である中共軍兵士を死に追いやる行為になるのを知りながら、健気じゃないですか、大好きな助けてくれた兄貴を救うために、涙ながらにラッパを吹き鳴らして、中共軍の兵士を一箇所におびき寄せる役目を担うわけです。

  そんなシーンを涙ながらに観ておりましたら、突然にふと気が付いた。
この韓国の少年兵って、「チャクペ -相棒-」のチョンドゥン役の子とちゃうけ? そして、夜の韓国時代劇「名家(ミョンガ)」にも出てた子のような気がするって。

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  そこで調べてみたら、とんでもござんせん! これまでにも自分は何度もこの子にお目にかかってるじゃあござんせんか! いつもながらに気付くのがワンテンポ遅い自分なんですよねえ[たらーっ(汗)]
出演者なんてあんまり気にせず見てますから、ドン臭人間そのものなんですよね。
だけどそれは、あくまで時代劇の中での顔でしたから、まあまあ気付くのにより時間がかかるわけです[ふらふら]


  この子役と言っていいのか、まあ完全な大人ではないから子役でいいんでしょう。
名前は「ノ・ヨンハク」というらしい、で、この彼ったらつい最近も、別のドラマで見たばかりだったのにまたまたびっくり。
「ジャイアント」での、あの憎たらしかったミヌの少年時代を演じてた奴だって??? 嘘でしょ、って感じです。
あのクソ憎たらしいミヌの少年時代と、この「ロードナンバーワン」や「チャクペ」からは想像もできんやないか!
恐ろしやこの歳からこの変身ぶりというか、この演技力、すごいもんです。

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  で、出演作品を見て、またまたまたの驚きですがな。
自分が見た時代劇を網羅してるやんけ! ここ最近から挙げれば「大王世宗」から「階伯(ケベク)」まで。
「階伯」はまだこれからの登場ですけどね、彼が出ている韓国時代劇を、自分は全て観ているんですよ。
しかも自分が見る数少ない現代劇のうちの、「食客」でもソンチャンの少年時代で出演してたんだぁ、「チャクペ」とかを見ててキム・レオンの面影があるよなって思ってたわけだ。
これまでに、10作品でこの「ノ・ヨンハク」君にお目にかかっていたなんて、ほんと知らなんだ。

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  「ホエーッ!」っていうわけで、もしこれらの作品を再放送で見る機会があったら、じっくり探し出してみようと決心した、単細胞な自分がまたまた目を覚ましたという次第でおます[わーい(嬉しい顔)]

  ところで、自分的にはイマイチなんですが、夜にやっている「名家(ミョンガ)」は、「ジャイアント」の両子役がそろい踏みだったってことですね、それも今日になって気付きました(笑)

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わかってみれば…あそこかぁ、『チャクペ -相棒-』で友情が芽生えた対決の撮影場所

  前ページで紹介した、韓国の娯楽時代劇、『チャクペ -相棒-』
そして、昨日見たばかりの主役二人の友情が芽生えた、あの対決シーンの撮影場所が知りたいけどわからない、とかなんとか書きましたが、執念で探しました(笑) と言うよりも、既にこのドラマの撮影地として、のちほど書こうと思っていた場所と同じところだったようです。

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  その場所は、韓国の時代劇には多くのドラマの撮影地として登場している場所で、このブログでも、過去に「済州院(チェジュンウォン)」の撮影地として紹介しています。
そして、「推奴(チュノ)」や「王の男」などの撮影地でもあります。

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  では、改めてドラマ『チャクペ -相棒-』の名シーンとして、いえ、このドラマにとっては切っても切り離せないシーンということになりますよね、なんせドラマタイトルの〝相棒〟が誕生したシーンなんですから。

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  そのシーンが撮影されていた場所は、栄州市(ヨンジュし)にある「ソンビ村」でした。
ソンビ、いわゆる〝儒生の村〟と名付けられたこの場所には、伝統的な家屋が数多く残されていて、昔の儒学の精神を学ぶ学生たちの生活を体感できる施設でもあるそうです。
  近くには「紹修書院(ソスソウォン)」という建物もあり、これは儒学を学ぶ学校ということで、この近辺一帯が儒教が今も息づく場所として残されているのです。

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  テレビの画面を見て、傍らに映る石垣の塀を、城壁だと思い込んだのがそもそもの間違いだったようで、ここだと確認するのに苦労しましたが、前ページで書いた韓国の方のブログ、焼肉を食べに行った帰りに「チャクペ」の撮影に出くわしたというもので、その焼肉のお店のある地域が「順興」、そしてその地名のあるのが「栄州のソンビ村」、そこで「なーんだ、もう撮影地としてマークしてた場所やんか」って、やっと気が付いたというわけでした。
その方のブログの画像です、ここですよねえー、確かに…。

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  そして、「ソンビ村」のギザギザの塀ということで、自分の結論は、下の画像の丸印の場所であろう?という結論に達しました[わーい(嬉しい顔)]

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  でも、「ソンビ村」も広うござんすようで、これが「ソンビ村」のどの辺りにあたるのか?なーんてことまでは知りませんので、是非にという方は、実際に訪れて探してみてください[あせあせ(飛び散る汗)]

  塀のひとつでここまで辿り着くのがやっとだったんですから、もうそれ以上の面倒はみきれません(笑)

   「栄州・ソンビ村」参考サイト
      http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TE/TE_JA_7_1_1.jsp?cid=807542
      http://www.kampoo.com/travel/gb/yeongju.htm

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韓国時代劇が満開! 気楽に楽しめそうな「チャクペ -相棒-」もいいね!

  前回、「トンイ」の後に「MBCドラミア」で撮影されたドラマ、『階伯(ケベク)』の話題を書きましたが、厳密に言えば「トンイ」「逆転の女王」、そしてその後に「チャクペ -相棒-」というドラマがあって、「トンイ」の後にドラミアの時代劇セットを使ったドラマとしては、「階伯」よりもこちらの方が先ということになります。

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  このドラマもBSフジでの放送で、さすがにMBCとフジが提携しているだけのことはあります。
    http://www.bsfuji.tv/top/pub/chakupe.html
ただしこのドラマは毎朝の放送ですから、ちょっと時間帯が録画じゃなきゃ無理だよってことですが、韓国ドラマの殆どはこんな感じの時間帯ですからもう慣れっこです。

  この韓国時代劇の「チャクペ -相棒-」、娯楽時代劇としては注目株です。
自分は「ああ、始まるな」と思いながらも、録画予約を忘れてしまっていて、3話から見ることになったのですが、このドラマは途中からだろうが、これからだろうが充分楽しめると思います。

  両班の子でありながらすり替えられてしまって、物乞いとして育った少年が、そのすり替わった本人の少年との友情が芽生えて〝相棒〟でいようと、そう約束し合ったのが昨日までの放送ですね。
その本当の父親っていうのがちょっと悪い奴でして、友情で結ばれた二人の男が、どうかかわりあっていくのか、かなり今後の展開が楽しみなドラマです。
周囲も個性豊かな、時代劇ではお馴染みの顔ぶれでしっかりと固められていて、安心して観られそうですしね。
ちょっとストーリー的には「一枝梅(イルジメ)」っぽい感じかな、とは思いますが…。

  そんなわけで、昨日の朝の放送で、入れ替わってしまった両班の息子と、物乞いの少年が友情で結ばれたのですが、その友情の芽生え方がまたいい、昔の純粋な青春ドラマのような展開です[わーい(嬉しい顔)]

  最初は、片や恋する女の子への嫉妬心と、片や本を取り返すという目的の喧嘩だったのが、一対一のタイマンをはっているうちに男の友情が芽生えてしまったんです、いいねえ!青春だねえ!男の世界だよ!って感じです(笑)
喧嘩で結ばれた男の友情って、けっこう本物の友情に育ったりするんだよなぁ、喧嘩したり仲直りしたりっていう奴は忘れられないですもんね。

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  このドラマ「チャクペ」ですが、「ドラミア」がよく登場するのはまだ先のようで、現在は「一枝梅」や「チェオクの剣」のような背景が随所に登場していまして、それもそのはずで〝竹林〟と言えば真っ先に浮かぶ「潭陽(タミャン)の竹林がよく使われています。
そういった撮影地の記事は、また追々とドラマが進むうちに、画像も入れての紹介はしたいと思っていますが、過去の有名時代劇の撮影地や撮影所をふんだんに使用しての作品のようです。

  でも、自分としては見たばかりの、友情が芽生えた城跡のような場所が知りたいんですよね。
いつもながらに感化されやすい人間ですから、「このシーンいいな、ここってどこなんだろう?」となってしまう人間なんです[あせあせ(飛び散る汗)]
だから調べてみたのですが、確信できる材料は見つかりませんでした。

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  韓国の方のブログで、ちょうどこのシーンの撮影に出くわした方の記事があるにはあるのですが、残念なことに〝焼肉屋さん〟が主体の記事のために、お店の名前はあってもその撮影地の地名がないときている[たらーっ(汗)]

  でもこのドラマ、前半は順天の「楽安邑城民俗村」がよく使われているらしいので、その辺かな?ってな気はしてるんですけどね、でもこの「楽安邑」については、まだ後に大人になってからのシーンでも出てきますので、それはその時にということで…。

  今日のところは撮影地情報ではなく、気楽に楽しめる韓国の〝娯楽時代劇〟で楽しみな作品が始まったねということで締めときます。
歴史とかちょっと難しいことを考えずに、時間がある時にサラッと観られそうなドラマです。
  自分なんか、歴史が関係するようなドラマ、最近なら「太祖王建」とか「階伯」なんてのは、じっくり時代背景を把握したいから、頭が冴えている時に観るようにしてるんですが、この「チャクペ」はホロ酔い加減の時に観ても、泣いて笑ってってできそうな、〝娯楽時代劇〟ってこういうもんなんだなって思う次第です。

  春っていうのはいいですねえ、あんなに新しい韓国時代劇が無かったのに、春になると一気に登場するんですね。
11日からは、自分が撮影に遭遇した「巨商 金万徳(キム・マンドク)」も始まるようだし、時代劇にはしばらく不自由しなくて済みそうです。


  ところで、最近はドラマの話題ばかり、韓国旅行はどうなったんじゃ?ってことですが、実は今年は「鎮海の軍港祭」に行けそうだったんです。
ところが、なんと・なんと・なんとまあ、パスポートの更新を忘れとりましたんですわな、トホホホホホ… ってなことでヤケのヤンパチの野球観戦だったという次第です。
自分のパスポートは、当初「上海万博」まであればいいやってことで、5年にしちまって、結局その目的の万博は魅力を感じなくて行かずじまい、その代わりに好きでもなかった韓国にこんなに夢中になるなんて、夢にも思ってなかったですからねえ。
「上海万博」で自分の海外進出(?)はおしまいにするつもりでしたから、こんなドジな結果を生むことになっちまいました[もうやだ~(悲しい顔)]まあ自分らしいですけどね(苦笑)
  皆さんも気をつけてくださいね、ちゃんとパスポートの期限を確認しておいてください。

  そんなわけで、当分は旅行ではなく、韓国時代劇の話題で繋がせてもらいますです。

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オ・ヨンスの悪女、薯童謡(ソドンヨ)伝説の成れの果て(?)、興味満載の韓国時代劇「階伯(ケベク)」

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  おとといの夜からBSフジで始まった韓国時代劇の「階伯(ケベク)」見ましたか?
      http://www.bsfuji.tv/top/pub/gyebaek.html
もうもう驚きでしたよねえ、オ・ヨンスが出てるんだ、と思いながら見ていてもそれらしい人が出てこない、でもよくよく見れば「こいつかぁ?」と思ったらやっぱりそうだよ、「ゲゲゲーッ!嘘っしょ?」

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  自分の印象としたら、またあの「朱蒙(チュモン)」の時のように清楚で気品のあるイメージの女性役を思い描いてましたから、もうもう自分の目を疑うばかりでした。
「うーん、変われば変わるもんだ」と感心はすれども、やっぱり似合わねえ、おいらはやっぱこっちがいいー!
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  舞台は久しぶりの百済、そんでもって王様が「武(ム)王」で正室が「善花(ソンファ)妃」となれば、あの昔のドラマ「薯童謡(ソドンヨ)」のヒーロー・ヒロインじゃないですか。
こちらもまた驚かされちゃいます、あの国境を越えたラブロマンスの成れの果てが、武王はお飾りの王様で、善花は敵方の新羅からやってきた邪魔者、ってことで、その愛の結晶である息子は命を脅かされる存在。
敵国のお姫様が国王の正室ですから、新羅の血を引く子供はいらねえってのは、なきにしもあらずという展開ではありますけどね、以前の「薯童謡(ソドンヨ)」の続きとして見たら、ちょっとばかり意外に思えるドラマ展開ではあります。
  そして、信じられないメイクのお顔で登場してきたオ・ヨンス演じるサテク・クミョンは武王の側室であり百済の権力者の娘ということで、善花とその子供を邪魔者扱いする筆頭ってことになるんですねえ。

  オ・ヨンスといい、「薯童謡」の成れの果てといい、驚き満載で始まったこのドラマ、背景は百済が新羅と唐の連合軍に滅ぼされる間際の時代ということになります。
出演者が「朱蒙」と「風の国」を適当に混ぜて引っ掻き回して(笑)、主役の顔を「イ・サン」にしちまったっていう感じの雰囲気になっておりまして、とにかく映像が凄くきれいだという印象を受けるドラマです。


  さて、このドラマ、韓国MBCの製作ということで、「トンイ」が終わった後の「MBCドラミア」を使った時代劇ですから、よく見かける「ドラミア」の風景が登場してきます。

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それに加えて、1話では「高句麗鍛冶屋村」とかも出てきましたし、武王と善花といえばあそこ、そう、あそこ(笑)も1話目から登場してました。
あ・そ・こ、扶余(プヨ) にある 『薯童(ソドン)公園 の 宮南池(クンナムジ)』です。
ここは武王が、「故郷を離れて暮らす善花を慰めるために造らせた」と伝えられている池ですから、絶対に離せない撮影地ってことです。

薯童(ソドン)公園 宮南池(クンナムジ)
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高句麗鍛冶屋村
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  こんなふうに、数少ない百済を扱ったドラマ、しかも滅びる寸前の百済ですからちょっと興味ある時代背景です。
しかも「MBCドラミア」はもちろん、「百済浪漫号」のツアーで訪れた場所とか、知っている場所が多く登場しそうな予感がして、自分としてはちょっと注目していきたいドラマが始まったぞって感じです。

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ドラマ「ジャイアント」で、『陜川映像テーマパーク.』は大都会に大変身

  ドラマ「ジャイアント」、本当にいいドラマでしたよねえ、でも韓国のこの手のドラマはどうしても最後の数話は慌ただしく駆け足になって、最終回は必ずといっていいほどどこかに悲劇を作りたがる。
親を殺された兄弟が、やっとみんな笑顔を取り戻して「よかったねー」で終わったっていいじゃないですか!
な・な・な・なんでソンモ兄さんだけが幸せになれへんのや!

  おいらだったら、ソンモ兄さんが怪我をして消えてしまったのは、一時的な記憶喪失になって部下の女の子の面倒になっていた。 でも、あの悪い馬鹿息子なんかに襲われるうちに記憶を取り戻し、聴聞会に証拠を持って毅然と姿を現し、これまで傍で見てきた悪事を証拠とともに暴き出す。 でもって、最後は兄も妹もそれぞれに愛する人を再確認して(もちろんソンモ兄さんは部下の女の子と)、それぞれの生活を歩み始め、めでたし・めでたしってなドラマを作っちゃうんだけどね(笑)


  ところで、このドラマの4話あたりからのガンモの少年時代の背景には、「陜川(ハプチョン)映像テーマパーク」がふんだんに使われてました。
嬉しゅうて嬉しゅうて、「ここあそこ、これはあの建物、ここって画像があるよ」ってなもんです。

  でも、「陜川映像テーマパーク」の場所はわかっても、テレビの中の映像には驚きの連続。
なぜって、自分がここを訪れた時は撮影が休みの日だったので、もう閑散としているどころか自分しかいない状態です。
だからあの大きな街並みのセット全体がゴーストタウンなわけです。
  ただ、あの頃はこの「ジャイアント」と「戦友」というドラマが交互に撮影されていた時期で、撮影の小道具さんらしき皆さんが、あっちでトンテンカン、こっちでドンドンガタガタってな感じで、ドラマ用への模様替えに余念がなくって、音だけが響いているっていう感じでしたね。

  そして、あの金槌を振るい、荷物を運び、活躍していた裏方の皆さんのおかげで、テレビで見る映像の世界はまるで別世界のように変身してしまいます、本当にドラマの中の世界って驚きでもあり、自分が見てきた場所の変身した様子を見るのはひとつの楽しみでもあります。
またそこに大勢のエキストラさんが加われば、もう普段から活動している街並みに見えちゃうんだから、本当にたいしたものです。
あのエキストラさんたちって、ソウルとかあちこちから、あんなド田舎_(._.)_まで電車やバスで集まるんでしょうかねえ?、学生運動で機動隊に追いかけられてるシーンなんて、もの凄い人数のエキストラさんでしたもんね。
それにバスとか機動隊の車両ってどこからやってくるんだろう?
撮影のある時は陜川のバスターミナルもごったがえすのかな? とか、ドラマの展開とはまったく別の方面での興味も尽きないくらいです。

  ガンモが万引き少年に間違えられた〝本屋さん〟、けっこう大きなお店に見えるし、大通りに面している、だけど自分には記憶にないセット、それもそのはずです。
この本屋さんたら、写真屋さんに間借りしてたんですよ、建物セットの半分だけを撮影してたんですよね[わーい(嬉しい顔)]
それが立派な本屋さんのお店に見えちゃうんだから…!
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上の本屋さんをちょっと裏路地に入りますと、こんなシーンの場所があります。
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  ガードレール下だって、こんなに変わって見えちゃうし…!
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  見事な変身ぶりを見せるのは、「世界百貨店」の界隈です!
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  撮影セットのこんな場所を訪れて、映像の中では「こんなに変わるんだぁー!」ってのを、体感してみるのも楽しいものですよ。
そんな別世界のように変わって見える中から、自分が実際に目にしたセットを探し出すのも、また他の人とは違う楽しみが持てちゃって、ドラマを見る楽しみが倍増するってもんです。
でもこの「陜川映像テーマパーク」で、現実も映像の世界でも変わらないのがひとつあります。
こいつです(笑)
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  『陜川映像テーマパーク』紹介旅行サイト
    http://japanese.visitkorea.or.kr/jpn/TE/TE_JA_7_1_1.jsp?cid=282028
    http://www.tabijin.com/drama_habcheon.html
    http://busannavi.jp/city/item.php?it_id=1328669107

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『太祖王建』に見る、新羅を滅亡の道へと導いた三人目の女王 「真聖女王」

  まず最初に、ドラマ「善徳(ソンドク)女王」のおさらいをしておきましょう。
  新羅という国には「骨品制(こっぴんせい)」なるものが存在してました。
ドラマでもよく登場したので、聞き慣れた制度ですが、父母ともに純粋な王族の血を引き継ぐ者が「聖骨(ソンゴル)」、父母のどちらかが王族の血を引き継いでいる者を「真骨(ジンゴル)」と言います。

  この骨品制によって、新羅の官僚の上層部の役にある者は、ほとんどが真骨で占められていたといいますから、新羅で出世するなら王族と縁を結べば早いということなんですが、残念なことに聖骨や真骨間どうしの婚姻が大勢を占めていたようです。

  ということで、近親者どうしの婚姻が続けば、どうしても遺伝子的に異常をきたしてくるわけで、子供が生まれない、生まれても短命だったりということになり、子供がいなきゃ後を継ぐ男子もいないということになってしまいます。
末期の新羅がまさにそれで、王族に男子がいなくなる、そして早死にする王が出てくる、ということで、上の二人の兄が国王を受け継いだものの死んでしまって、とうとう女の身にお鉢が回ってきちゃったよ、っていうのが新羅51代目の「真聖(チンソン)女王」です。

  新羅とすれば、善徳・真徳に次ぐ三番目の女王ということになります。
が、前の女王とちょっと違っていたのは、あくまで女性だったということです。

  ドラマ「太祖王建」では実の伯父を愛人にして、その伯父に政治は任せっ放しで遊びほうけ、果てにはその伯父さんを腹上死させちゃったよという、まあまあいいとこ無しの女王様として描かれてました。

  実は、この恋の相手の伯父さん魏弘とは元々が不倫関係にあったようで、まさかお兄さんの定康王が1年で死んでしまって、自分を遺言で後継者にするなんてことが想定外だったのか、周囲の陰謀だったのか定かではないですが。
とにかく、
  「私、政治のことは何もわかんないの、お願い、伯父さんが代わりにやって!」ってなことで、愛人に政治をまかせっきりにしちゃうってことになっちまったんです。

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  ところがところが、その頼りにしていた伯父さんが死んでしまった、ドラマのように腹上死かどうかは知りませんが(笑)、とにかく何もわからないから途方にくれてしまう。
この女王様は徳曼こと善徳女王とは違い、女を捨てきれなかったんですね。
色欲に陥ってしまって、数々の美少年を住まいに引き入れての好き放題(真骨に適当な男性がいなかったのかも…?と書かれてたりしますが)、しかもその美少年達を筆頭に、女王に媚びている奸臣たちの群れが国の権力を掌握してしまいます。
  邪魔になるものは消しちゃえ!、媚びる者は大事にしますよってわけで、賞罰がむやみに行われるという事態になってしまう。
そうすれば世の常です、賄賂が横行し、官職を買収するなど、根本的な規律が崩れてしまい、地方の豪族まで監視の目が届かなくなる。
しかも女王自身は贅沢のし放題ですから、国庫は資金難に陥り王室の権威は失墜して、好き勝手に豪族が民から重税を徴収したりで国民はどん底の生活、そうなりゃ生きていくために盗賊になるっきゃないよ、ってことで、新羅の国内は大混乱ですわな。

  こうして力をつけた豪族や盗賊たちの国となった新羅に見切りをつけて、新しい国を建てようじゃないかと蜂起する者が現れ、それがまとまって大きな力となって現れたのが、「後三国時代」の幕開けということになるのです。

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  真聖女王が新羅を直接滅ぼした最後の女王ではないのですが、弱りつつあった新羅に決定的な引導を渡したのが、この真聖女王だったと言えるわけです。

  「骨品制(こっぴんせい)」という近親婚がもたらした弊害によって新羅は衰退し、真聖女王はその大きな被害者だったとも言えます。
どうしても女性を捨てきれずに、韓国の記録の中には「素行が良くない淫乱な女王」として記されるほど、男と贅沢に逃避するしかなかった女王、なりたくてなったわけではない〝女王の座〟だったから、女王として生きることができず、単なる一人の女性のままで終わってしまったようです。
ただ、千年という新羅の歴史の中では、大きな罪を背負わされてしまいました。

  後に真聖女王は、兄の憲康王とその愛人の子を太子とし、その太子に譲位してすぐ亡くなってしまいます。
多分、この時にきっとホッとしたことでしょう、しかし、突然に譲位された太子は孝恭王として即位しますが、もう既に甄萱(キョンフォン)の後百済、弓裔(クンイェ)の後高句麗に立ち向かう力は無く、こちらも酒や女に明け暮れ、王にはなりえず情けない一人の男として終わってしまったようです。

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  ドラマ「善徳女王」の中に、愛するキム・ユシンを忘れ、女王として生きる決心をする場面がありますが、善徳女王は一人の女性ではなく、女王として生きる道を選んだというのを、強調したかったのかもしれません。
子孫に、ふしだらな女としてしか生きられなかった女王がいたのですから。
  女性が王として政治をするのは、大変な苦労と重圧の連続でしょう、ましてや女王になりたくてなったわけではない、一人の女性として見れば、同情の余地はあるし、他のことに逃げたくなる気持ちはわかるような気がしますが、元々妻のある伯父さんを愛人にしてたってことで、それらも差し引かれちゃいますよね。
この品のあるブログ?(笑)でこんな言葉は使いたくはないのですが、やっぱり淫乱で王になる素質のない女性だったという結論になっちゃうのかな(?)[わーい(嬉しい顔)]

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